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芥川賞 3 異類婚姻譚 [小説]

 第154回芥川賞が発表された。「異類婚姻譚」では、何気ない夫婦と周辺の生活が描写されていて、どんな顛末が用意されているのだろうかと思っていたら、以外な結末に終わった。違和感もなく淡々と進んでいただけにあっけない感じもしたが、同時に何か後味に残る内容だった。一方、「死んでいない者」では、情景の描写が中心で、登場人物の話言葉に対してもカッコ書きもなく記述されていく。いずれの小説も設定された情景を淡々と描いて進行していく点では似ているように感じた。

 「異類婚姻譚」には現在の生活では当たり前のように使用されている、パソコンをはじめとした表現が登場する。これらの言葉は当たり前のように使用されているのだが、ふと気になった。それは最近の東京オリピックのエンブレムなどでも話題になったように、商標権なるもの。商標権を有する言葉を記載するには、少なくともこの言葉には商標権が設定されていますよとの記載が必要になるのだろう。

 「異類婚姻譚」でパソコン、ネットオークション、ドッグラン、メール、ファミコン、iPad、ナビについて調べてみることにした。パソコンはパーソナルコンピュータの略称なのでさすがに商標登録はされていなかった。ネットオークションはそれだけではだめだったが、鑑定団ネットオークションやGoo-netオークションなる言葉は商標登録されていた。ドッグランは犬用資料及び犬などに、商標登録されていた。メールはメール/MERで織物などに登録されていたが、携帯のメールではなかった。ファミコンは一斉を風靡した任天堂のゲーム機なのでさすがに任天堂が商標権を保有していた。iPadもアップル社が保有している。ナビについてはそれ自体ではないが、NAVICOMPUTERとしては登録されていた。このように小説で何気に使用されている言葉にも商標登録されているものがある。

以前村上春樹さんが小説「イエスタデイ」でビートルズの歌詞を改変して文藝春秋に掲載したものの、著作権の関係でもめ、結果として単行本では該当部分を削除することになった。歌詞をそのまま引用すれば、著作権者の了解を得ている旨の記載が必要になる。商標権でも厳密に考えたら、ファミコン[レジスタードトレードマーク]と商標権を意味する「レジスターマーク」の表示を該当する言葉を記載する度に入れる必要が生じるのだろうか。それとも、「ファミコンとiPadとは、それぞれ任天堂とアップル社の登録商標です」とでも文末に記載するのだろうか。せめて後者にしてほしい。ただ、どの表現が登録商標なのかまでは分からない。やはり、小説などでは厳しい取り締まりはやめてほしいものだ。小説を読む側としても違和感を感じる。

 そういえば、以前マイクロソフト社が商標登録しているウィンドウズの名称が、一般名称とならないように記事を記載する度、ウィンドウズ[レジスタードトレードマーク]との記載があり、うっとうしかったのを思い出した。そのうち小説にもちゃんと「[レジスタードトレードマーク]」を記載しろといってくるのだろうか。登録商標が出てくる度に「[レジスタードトレードマーク]」が多用された小説、読むというより、興ざめをして眺めるようか。
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芥川賞 2 火花 1 [小説]



 文学界2月号で火花を読んだ。お笑い芸人の又吉直樹さんの執筆で、すでに話題を呼んでいた。私なりに感想などをと考えていた矢先に芥川賞候補とのこと。どうせなら結果を待ってからと思ったら芥川賞受賞。文藝春秋9月号で選考委員の芥川賞選評を読んでからとあいなった。選評の中で村上龍先生は、長すぎる点で積極的に押せなかったとのことだが、厳しい評価ではなかった。



芥川賞の選評というと、石原慎太郎先生を思い出す。かなり辛口で芥川賞の受賞作を読む前に、チェックしたものだ。今回の受賞について選考委員であればどのような選評をされただろうか。ニコニコ生放送では、ぜひ読んでみたいと発言されたとのこと。ぜひ評を聞いてみたい。



石原慎太郎先生最後の芥川賞選評は2012年3月号だ。その時の受賞作は、今回と同様に円城塔さんの「道化師の蝶」と田中慎弥さんの「共喰い」のダブル受賞だった。石原先生は、「自我の衰弱」との題で「私は今回をもって芥川賞選考の勤めを終わるつもりでいたが、その最後にあたって、この15年余の間文学の世界に新しい風を迎える仕事にたずさわりながら抱いてきた感慨を記しておきたい。・・・故に老兵は消えていくのみ。さらば芥川賞。」肝心な中間部分を抜いてしまったが、その後の芥川賞で辛口の選評が読めなくなったのは残念だ。この時、村上龍先生も選考委員だったが、選考委員会欠席との事で選評なし。どんな選評となるか読んでみたかったが。



 火花を読んで書評は、と聞かれたら、結構読むのにくたびれた、が感想になってしまう。その点では村上龍氏と結び付くのかもしれない。ぐいぐい引き込まれて一気に読み終わったではなく、頑張って読んだ。この作品には携帯電話に関する記載があり、どうもガラケーのようだ。確かに、スマホでラインはこの作品には似合わない。
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芥川賞 1 春の庭 [小説]



 文藝春秋2014年9月号に第151回の芥川賞が掲載された。今回は文學界6月号に発表された柴崎友香さんの「春の庭」で、現在の世相を反映し、スマートフォンが登場する。世相を反映した芥川賞作品としては1976年第75回の村上龍氏の「限りなく透明に近いブルー」を思い出してしまう。最初に読んだ時には、福生を中心にした自由に生きる若者を描いているのだろうとの感覚しかなかったのだが、再度読み直してみると、ぐいぐい人を引き付けながら、一瞬静寂があるような変わった感覚をもった。私より前の世代では1955年第34回の石原慎太郎氏の「太陽の季節」となるのだろうか。





 話が過去にずれないよう今回の受賞作に戻そう。「春の庭」では、「・・スマートフォンの地図アプリで計測した上、・・」「・・スマートフォンで「つぼ」「虫」「巣」などと入力して検索してみると・・」「・・スマートフォンでニュースサイトを見ていて・・」「・・賃貸情報サイトで部屋を検索した。・・」のようにスマートフォンを自由に操る姿が描かれている。ガラケーを使用する私にとっては、ほとんど縁がないが、連絡や調べ物などを簡単に行える便利な代物のようだ。





 スマートフォンとは、携帯電話と携帯情報端末(PDA)とを合わせた造語で、「賢い携帯電話」を意味するようだ。なるほどと納得してしまう。この作品でも自由に操る若者の姿が描かれているが、ウイキペディアによれば、1996年にノキアが発表した製品が現在に繋がっているようだが、まだスマートフォンとの言葉はなかったとのこと。平成25年版情報通信白書による平成24年度末の、スマートフォンを含む携帯電話とPHS世帯普及率は94.5%で、そのうちスマートフォンが49.5%で携帯の約半数がスマートフォンになっている。固定電話は79.3%で普及率が年々低下している。





また、スマートフォンの名称がどうなっているのか、日本の商標登録を調べてみた。スマートフォンに関する出版物や印刷物やそれらの提供を目的にしてスマートフォンと読める図形商標が2010年に登録番号第5339935号で登録されている。似たものとしては、メガホンに関して「スマートホーン」が標準文字で2010年に第5358145号で商標登録されている。さすがに携帯電話の用途に「スマートフォン」自体は商標登録されていない。





今や便利な代物として必要不可欠となりつつあるスマートフォンだが、推理小説での事件の核心部分や謎ときなど、いろんな小説の世界でも浸透してほしい。小説の重要アイテムとして益々使用されていくのを楽しみにしたい。




タグ:芥川賞
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本の装丁3 アナログ [小説]

電子ブックが進めば本自体は衰退し出版および関連業界にとっては痛手となるだろうが、それも時代の流れと解釈していしまっていいのだろうか。

この先例として、音楽のデジタル化がある。レコードの時代、今にも傷つきそうな丸い盤に針を載せ畳の部屋で針飛びが起きないように、できるだけおとなしく音楽を聞いていた時代から、CDになって小さくなると共に、透き通る音で家庭ばかりか外でも同じ盤を持ち歩いて聞ける便利さを手に入れた。更にはデータとして購入しチップに保存して聞く、便利になったものだ。同時に録音時間も正確に知ることが出来る。レコードの時代には盤に時間記録など当然無く、CDと違って何でレコードでは録音時間の表示をしないのか、欲しい曲まで飛ばして演奏してくれないのか、と子供に無理を言われたものだ。小さく便利になるに従って消えていったものは、ジャケットの装丁デザインだ。LP時代には作品の個性が表現され、中の歌詞カードや作品紹介や写真を楽しみにしたものだ。配信ではこんなことはない。本のデジタル化も同様の運命をたどるのだろう。ただ、これに逆行する記事が2012年10月12日の日経産業新聞に見られた。「LPレコード最新技術で復活」との見出しで、音楽市場全体が低下している中、アナログレコードの売上が上昇し始めたとのこと。アナログ世代としてはエールを送りたい。

  本だって頑張ってもらいたいのだが、それを応援するテレビ番組をご存じだろうか。2013年4月15日にNHK Eテレで放送された「スーパープレゼンテーション」でブッデザイナーのチップ・キッド氏が本の装丁について熱く語っていたのを。デジタル世代にとっては小説も配信が当たり前、時が経てばレコードのようにアナログとデジタルが共存となるのだろうか。文庫本でも新潮社文庫でカバーに斬新な写真を取り入れるなど読者を引き込む工夫をしたりしている。個人的には装丁を含めた本の楽しさを味わってほしいのだが。
タグ:装丁 本
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本の装丁2  デジタル [小説]

最近、朝日新聞の夕刊に本の装丁に関する記事が連載されていたのをご存じだろうか。2013年5月7日から20日にかけて10回にわたって連載されていた。朝日新聞編集委員の河原理子さんが書かれたものだが、本の楽しさ、奥深さを教えられる。本の歴史とともに発展し、守り受け継がれているすばらしい技術であることを伝えている。その技術や読者の楽しみを変化させる時代が進んでいる。だからこそ、警鐘を鳴らす意味もこめて連載されたのかもしれない。

 小説などの活字作品がデジタル化され、電子データとして購入できる昨今、わざわざ本を買わずとも電子ブックとして読むことができる。キーワード検索すれば欲しい文言の有無が瞬時に分かるため便利なのだが、何か味気ない。アナログ人間なので私の読書は、本を読んでは文言を拾っていく昔ながらのやり方だ。作品の中で文言の意味を考えるにはやはりこの方法が一番ではと、勝手に自画自賛している。紙の本には、表紙を含めた装丁や挿絵など作品にかかわった人間やそれを楽しみにする読者がいる。電子ブックでは味気ないと感じるのは私だけではないと思うが。
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