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電話機 3 [西村京太郎]

 2017年5月11日の日経文化面に稲谷秀行さんが「黒電話収集高鳴る胸」と題して電話機収集について執筆されていた。その後ラジオのゲストで電話機に関して熱く語っておられたのを聞いた。若い人に黒電話といってもなかなか分かってもらえないのではとも思ったりする。例えば文字盤。指をかけて回すのだがわかるだろうか。ファッション電話でわかるのではとも思ってみたのだが、固定電話の契約数が減少し、スマホではさすがに難しい昨今。

 西村作品では、1976年4月に徳間書店から発行された「消えた巨人軍」に「・・左文字はホームの赤電話に10円玉を6枚放り込んで東京の巨人軍事務所に連絡を取った。」「10円玉をたくさんもってるかい。」との描写がある。また、1981年4月カッパノベルス発行「夜行列車殺人事件」には「・・駅構内の黄色い公衆電話で・・」との記載がある。同じ公衆電話でも赤と黄色では使用できる硬貨に違いがある。

  さらに、西村作品にはその時代がわかる電話の描写が登場する。1964年5月読切特撰集に掲載された「夜の脅迫者」では、「・・今は横浜でも即時通話になっている。・・」との記載がある。また、1966年1月大衆小説に掲載された「死刑囚」では、那須から東京に電話するのに「・・今頃でしたら30分もお待ち下さればつながると思いますが・・」との記載がある。携帯やスマホの世代には小説で描写された内容を理解してもらえるだろうか。交換手での呼び出しをしなくても電話がかかること、交換手を通して待たないと電話がつながらないことを表現しているのだが、わかってもらえただろうか。

 西村先生のように、その時代も描写した小説を執筆してくれる作家だと、この時代にはこんな電話機を使っていた、電話の通信状態がこうだった、などがよくわかる。それも私が年を取った証拠なのだろうか。


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西村京太郎30 終着駅殺人事件 [西村京太郎]

 2016年7月27日の朝日新聞夕刊「時代のしるし」に「夜行列車 上京巡る人生模様」と題した西村京太郎氏のインタビュー記事があった。

 この中でトラベルミステリーというジャンルを始めたきっかけや十津川警部の名の由来などが記載されている。1965年に江戸川乱歩賞を受賞した作家でも流行作家になるために苦労されたのがわかる。

トラベルミステリーの最初は、1978年10月にカッパブックスから発行された「寝台特急(ブルートレイン)殺人事件」で、ブルートレインはやぶさを舞台に物語が進行する。光文社文庫版の解説で郷原宏さんが、西村先生の経歴やトラベルミステリーに至る経過などを記載している。

 さらに1979年8月にはカッパブックスから「夜間飛行(ムーンライト)殺人事件」、そして1980年7月にはカッパブックスから、第34回日本推理作家協会賞を受賞した「終着駅(ターミナル)殺人事件」が発行される。ブルートレインが廃止となった今とは隔世の感があり、新幹線もなく上野駅が東北方面への始発終着駅だった時代が懐かしい。上野駅の1階では今でも、始発駅のたたずみを残したホームがみられ、高崎線や宇都宮線などの列車の始発駅として活躍している。東海道線まで乗り入れる列車が増えた為、始発列車は少なくなったが、まだまだ健在だ。

 十津川警部については、1978年に週刊明星に連載された「イブが死んだ日」で結婚を考えていた岩井妙子が死亡し、「夜間飛行殺人事件」の中で、40歳の十津川が35歳でインテリアデザイナーの直子と結婚している。結婚によって十津川はプライベートの部分でも充実したため、捜査に人間味と個性が発揮されている。

 朝日新聞の記事でもわかるように、西村先生の基本は社会派小説であり、それがあるからこそ、トラベルミステリーでも十津川が鋭い視点で事件を解決に結びつける表現が出来るのだろう。
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西村京太郎29 八月十四日 [西村京太郎]

 西村先生が月刊ジョイ・ノベルに2014年4月から10月に連載された「八月十四日夜の殺人」。八月十四日に殺人事件が発生し、その根幹に昭和20年の終戦が関係している設定だ。その中でポツダム宣言や空襲や終戦の詔書や降伏文書の調印などの日付がでてくる。それらの意味も事件解決に関連している。この小説と同時期の2014年6月から12月に小説新潮に連載された、「暗号名は「金沢」十津川警部「幻の歴史」に挑む」に記載されているポツダム宣言からの原爆投下に関する小説を、同時に読むと、終戦前後の状況がよく理解できる。ミステリーと言うよりは、社会派小説。2004年に東京スポーツ新聞に連載された「生命」もそうであったのでは。さらには、1965年に第11回江戸川乱歩賞を受賞した「天使の傷痕」(「事件の核心」を改題)もサリドマイドに関する社会派小説であった。トラベルミステリーという推理小説の分野を確立した先生だが、社会派小説と言われる分野でも執筆して頂きたいと願う。 


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邦文タイプライター 2 西村京太郎28 [西村京太郎]

 朝ドラでは邦文タイプも登場する「とと姉ちゃん」が人気だが、推理小説での邦文タイプを考えてみたい。

西村京太郎氏の作品には、タイピストと共に邦文タイプや和文タイプの表現で登場する。明らかに邦文タイプを意識したものとしては、1963年12月に読切傑作集に掲載された「私は狙われている」で「・・会社のタイピストをしている松山弘子という女と・・」「・・タイプ印刷された数ページの報告書に眼を通した。」が最初だろう。また、タイプされた文字は筆跡をごまかすために使われ、1964年10月の小説の泉に掲載された「罠」では「・・私は紙片に眼を通した。タイプされた文字が並んでいた。一人の男の履歴書になっていた。「タイプだ」「あの人は筆跡も他人に知られたくないのよ」・・」と記載されている。

 さらに1974年産経新聞社から出された「日本ダービー殺人事件」では、「・・わかりました。邦文タイピストか看護婦だと面白いですな。」「・・今タイプ室でちょっとやってみたんですが、・・英文タイプと違って、邦文タイプの場合は個人のクセがほとんど出ないそうですから。」と文字の特徴を隠すにはうってつけの方法となっている。

1977年12月徳間書店から発刊された「ゼロ計画を阻止せよ」では、「・・筆跡をかくす方法はいくらでもある。活字を切り抜いて貼りつけてもいいし、或いは邦文タイプで打ってもいい。」と。1977年2月日本文華社から発行された「血ぞめの試走車」では、「・・頁をひらくと和文タイプで「雨宮営業部長に関する報告書」と印刷してあった。」と、和文タイプの表現が登場する。
 このように、1984年に野生時代に掲載された「特急「白鳥」十四時間」に「・・ワープロで書いた挑戦状は・・」とワープロの表現が登場するまで、邦文タイプは西村作品でも利用された。


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西村京太郎 27 終着駅殺人事件 [西村京太郎]

 東京ニュース通信社から発売されているTBSで過去に放送された「西村京太郎サスペンス 十津川警部シリーズ」DVDコレクションから、09/04第一回発売の「終着駅殺人事件」を考えていきたい。1980年7月にカッパノベルスで発行された西村作品で、寝台特急「ゆうづる7号」が事件の舞台になっている。この中には携帯電話やFAXなどは登場せず、電話としては、一般の黒電話や公衆電話が登場している。 TBSでは2001年10月1日に放映された月曜ミステリー劇場で、寝台特急「はくつる」を舞台にしており、渡瀬恒彦の十津川警部、坂上二郎の亀井警部で進行する。こちらでは携帯電話が登場するが折りたたみではなくアンテナを伸ばして現場の刑事と本部との間での会話をしている。また、フロッピーディスクが登場している。 ウイキペディアによれば、テレビで放映されたのはこのTBSを含め全部で3回あり、一回目は1981年10月17日にテレビ朝日の土曜ワイド劇場の第一作として放映されたもの。残念ながら作品をみていないのだが、当時は「ゆうづる」がまだ運行していたため原作のままで撮影されたのだろう、当然携帯電話も登場していないはずだ。三橋達也の十津川警部、愛川欽也の亀井警部のコンビだった。第二回目がTBSで放映されたものだ。第三回は2013年1月6日にテレビ朝日55周年記念の土曜ワイド劇場で放映されたもので高橋英樹の十津川警部、高田純次の亀井警部で舞台は「あけぼの」になっている。この中では折りたたみ式の携帯電話やスマートフォンが登場する。「あけぼの」で事件が展開していく設定のため、3月16日のJRダイヤ改正により姿を消した寝台特急「あけぼの」とオーバーラップされた。小説の「ゆうづる」は1994年のダイヤ改正で完全に姿を消したため、他の寝台特急を舞台にする脚本となった。その時に携帯電話を時代に合わせて取り入れたのだろう。実際の小説と、脚本によるテレビ放映とを比較しながら眺めるのも楽しい。小説の「終着駅殺人事件」は、1981年第34回の日本推理作家協会賞長編賞を受賞した作品であることもお忘れなく。
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